佐藤成史連載[毎月1回月初更新]
佐藤成史
佐藤成史(さとう せいじ)
【プロフィール】
 1957年、群馬県前橋市生まれ。北里大学水産学部水産増殖学科卒業。日本全国はもちろん、アメリカをはじめとする世界各国を釣り歩く。
 マッチング・ザ・ハッチの釣りだけではなく、総合的なマッチング・ザ・X(詳細は著書「ライズフィッシング・アンド・フライズ(地球丸刊)」を御覧下さい。)の理論で釣りを展開。フライフィッシングをさらに奥深い世界から捉えた眼力、分析力は他の追随を許さない。
 著書多数。テレビ・ビデオの企画、出演などで活躍中。

■ FF徒然草 第11話
☆ 熊・クマ・羆
      ……避けて通れない森の守護神との遭遇

*ありえないことばかり……

 今年は春先からクマに関する事件や被害のニュースが多くて、あらゆるメディアで盛んに報じられました。しかも、「本当にそんなことが起こるの……?」といった内容ばかり。
 遭遇パターンを見ていると、クマのほうから人間に近づいてくるケースが多かったようです。農作業や散歩の途中で出くわしたり、庭先で洗濯物を干している最中に不意の攻撃を受けたり、これはもう尋常な出来事ではありません。挙句の果てには、人家にまで侵入を計るクマまで各地に現われたのですから……。
 頻繁な出没する理由としては、次のようなことがいわれています。
「度重なる台風の直撃で山の木の実の落下が早まり、それらが野ネズミなどによって食べられたり運び去られたりしたために、クマが食べられる状態のものが枯渇してしまった……」
ようするに、通常ならありえないことが起こったわけです。
 しかし、実際にはもっと複合的な理由が背景にありそうです。ネズミなどの他の生物に原因の一端があるとすれば、今度はそれらに関連した異常事態が発生する可能性もあります。異常気象に端を発した連鎖は、やはり異常な現象を次々に生み出していくのでしょうか。人間の目に見えることなどわずかなものです。異常という言葉は、無力さを表わしているかのように聞こえます。
 朝日新聞によると、本年度のクマの被害が最多の富山県では、10/11までに56頭ものクマが射殺されたそうです。クマに罪はないけれど、実際の人間が生活していくうえで、クマとの共存はとても難しいことだと思います。野生のサルと同じように、人馴れしたクマは、どんどん性質が悪くなって危険度が増して行きます。射殺もやむえないことなのかもしれません。
             
*遭 遇
 
 僕たち釣り人は、自分の意思でクマの棲む領域に分け入って行く数少ない人種です。釣り人の皆さんにとって、今シーズンのクマとの関係はどんなものだったでしょうか。
 自分の場合、渓流釣りを始めてから30年余りになりますが、その間数え切れないくらいクマとの遭遇を重ねてきました。ところが最近では、クマに対する恐怖はすっかり喪失していました。子連れのクマに威嚇されたことは何回かありますが、単独のクマに攻撃された経験は一度もありません。たいていは慌てて逃げ去ってしまうからです。それゆえクマは自分にとって、シカやキツネと大して変わらない動物になっていたのです。
 そして今年も3回の遭遇と、少なくとも5〜6回のニアミスを経験しました。出会いの場所は群馬県で1回、富山県で2回。しかし、それがいつもの年よりも多かったかといえば、けっしてそんなことはありません。出かけた場所や歩き回った時間から考えると、極普通だったような気がします。
 ただし地元群馬での遭遇は、今までに経験したことのないパターンでした。そのときの様子は文字数の都合で詳しく書けませんが……真夏の日中、しかも晴天、気温30度を超える炎天下の山里……で、子連れのクマに遭ったのです。これまでの遭遇の90%以上は……気温の下がる朝夕、曇天、小雨、霧といった空模様、そして深い森の中……という条件が単独、あるいは複合であった場合です。これらの条件にひとつも該当しないところでの遭遇には、本当に驚かされました。
 後日、ある有名なクマの専門家の方がTVで話していましたが、エサ不足や生息環境に由来するストレスが原因で、普通ではない心理状態に陥っているクマが増えているそうです。各地で事件を起こしているクマの多くは、同様の心理状態にあるのかもしれません。
 自然状態の良い場所に棲むクマは、人間を警戒・察知する能力が高いため、遭遇の機会を自ら極力避けています。彼らには帰るべき場所があるので、人間を避けてさえいれば安全であることを充分に理解しているのでしょう。北海道の羆でさえ、よほどのことがない限り、山奥で人を襲うようなことはありません。
 その反面、人里近くで生きてきたクマたちは、次第に人間に対する恐怖や警戒心が薄れてきます。いつしか帰るべき方向を失って、それを模索する過程の中で異常な心理に陥り、誤った方向へと進んでしまっているのです。
 今、人里近くの自然界の破綻が急激に進行して、パニックをつなぎとめていた箍が外れつつあるようです。そんなふわけで、やはりクマに対しては特別な配慮が必要なのだと、考えを新たにしている今日この頃です。
 山へ入るときは、遭遇しないための工夫を忘れずに。カウンターアソルト(唐辛子スプレー)の効果は実証済みですが、これを使わなければならない状況を招かないことのほうが大切です。とりあえず金属製のホイッスル、鈴などを身に付け、こちらの存在をクマに知らせましょう。特に前述した遭遇条件にひとつでも該当するような状況のときは、なおさらの注意が必要です。

 佐藤成史







◎糞
目撃情報の多い地域の林道周辺には、よく糞が落とされています。ナワバリの主張であったり、こちらに警戒を促す証であるともいわれています。すみやかにその場を立ち去るほうが賢明でしょう
    [PHOTO BY SEIJI SATO]

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