佐藤成史連載[毎月1回月初更新]
佐藤成史
佐藤成史(さとう せいじ)
【プロフィール】
 1957年、群馬県前橋市生まれ。北里大学水産学部水産増殖学科卒業。日本全国はもちろん、アメリカをはじめとする世界各国を釣り歩く。
 マッチング・ザ・ハッチの釣りだけではなく、総合的なマッチング・ザ・X(詳細は著書「ライズフィッシング・アンド・フライズ(地球丸刊)」を御覧下さい。)の理論で釣りを展開。フライフィッシングをさらに奥深い世界から捉えた眼力、分析力は他の追随を許さない。
 著書多数。テレビ・ビデオの企画、出演などで活躍中。

■FF徒然草 第17

☆神流川C&R区間

   ……懐かしく、新鮮な釣り場のこと……

*神流川の5月

 学生時代、神流川は憧れの川でした。
 渓流釣りに目覚めた高校生の頃、地元の新聞にときどき掲載される釣り紀行を読むのをとても楽しみにしていました。

 群馬県という土地柄もあって、渓流釣り場に困ることはなかったものの、やはり欲しいのはより具体的な現地情報。でもそれが、スポーツ新聞の釣り欄に掲載される釣果一覧表を見るだけでは物足りない。なぜなら結果云々の生臭いデータよりも、釣り場そのものをできるだけ具体的にイメージできるような情報が欲しかったからです。

 その点、地元紙に掲載される釣り紀行は、単なる釣り情報ではなく、渓流釣りの雰囲気をイメージとしてとらえるにはぴったりでした。掲載されるたびに切り抜いては、ファイリングしていたくらいですから。

 そんな釣り紀行の中でも、最も印象的だったのが群馬県南西部の片隅を流れる神流川のことでした。神流川の渓流釣り場の核心部となる上野村や中里村は、前橋に住む高校生にとってはとてつもなく遠い土地で、休みの日に日帰りで……というわけにはいきません。下久保ダム沿いに延々と続くワインディングロード、すれ違いのできない集落内の狭い道……車を使っても、前橋の自宅から上野村までは4時間くらいかかりました。

 それだけに、まだ見ぬ川のイメージは膨らむばかり。当時、紀行文からイメージした神流川の印象は……新緑・山吹・幅広ヤマメ、そして乙母(おとも)、乙父(おつち)、住居附(すまづく)といった耳慣れない地名、さらに秘湯、浜平鉱泉……といった言葉や地名でした。それらがキーワードになって、頭の中をグルグルと渦巻いて、まだ見ぬ土地への憬れは尽きることがありませんでした。

 そしてようやく神流川を訪ねることができたのは大学2年生の5月、山々の新緑と山吹の鮮やかな黄色の美しい季節でした。覚えたてのフライフィッシングでは少々手強く、苦戦を強いられました。しかし乙父川合流付近で、岩盤の隙間に定位していた大きなヤマメを見つけ、それを運良く釣りあげることができました。それまで見たことのないような美しい色合いの幅広ヤマメ……かつて思い浮かべたキーワードと見事に一致した嬉しさと感動は、優しい山里の風景や美しい水色の神流川の流れの印象と共に、鮮やかな記憶となって心の中に刻み込まれています。

 あの日から30年もの月日が流れ、山里の印象はどんどん変化し、そして今でも変化し続けています。全体的な水量は激減しているのに、度重なる洪水のために川床には砂利が堆積して、下流部へ行くほど渓相の平坦化が進んでいます。そして源流部には数年以内に揚水発電所が完成するため、今後はその影響を何らかのかたちで受けるかもしれません。

 何よりも大きな変化は交通網の発達です。いまや前橋〜上野村間は、車で1時間半でいけるまでに短縮されました。上信越道の下仁田インターで降りて、昨年3月に開通した湯ノ沢トンネルを利用すれば、あっという間に上野村に着いてしまいます。

 しかし、このようにアクセスが容易になっても、釣りのほうはあまり影響を受けていないようです。それは99年から設置されたC&R区間のおかげで、確実に魚の残る区間が確保されているからです。

*C&R区間

 2001年、神流川のC&R区間は日本で最初に遊漁規則として認められました。これにより違反者には、漁業法143条に規定された罰則が科されます。

 正式に規則化されるまでには、C&R区間における資源量の実地調査や釣り人へのアンケート調査、それに地域住民への説明等で、約2年の月日が費やされました。最終的には管理者である上野村漁業協同組合(http://www3.ocn.ne.jp/~ueno-fc/)の釣り場や資源に対する真摯な姿勢が決め手になり、法的根拠のある規則化が実現したのです。その翌年には、早くも区間内で自然繁殖したヤマメの稚魚が現われ、その効果が実証されました。

 C&R区間設立当初から、私自身も微力ながら応援させていただいた経緯もあって、毎年何回かは神流川に訪れています。毎年9月に行なわれる「神流川C&Rフォーラム」には必ず参加しています。

 ところがたくさんの人が一緒だったり、こちらが取材をすることが多かったりで、自分自身で釣りをする機会はあまりありませんでした。C&R区間にはたくさんの魚の姿が見えるので、それだけで安心していたのかもしれませんね。

 しかしつい最近……今年の4月27日でしたが……、ある釣り雑誌の取材があって、初めてゆっくり神流川のC&R区間で釣りをする機会を得ました。そうやってあらためて釣りをしてみると、やはりとても楽しいです。まだまだ成魚放流主体で資源を補っていますが、中にはとてもきれいな魚も混じります。

 おりしもミドリカワゲラやフタバコカゲロウのハッチがあって、瀬の中の元気な魚はそれらのハッチマッチャーで充分釣ることができます。ところがプールでライズする人ズレしたヤマメはそう簡単には釣れません。白い粉のように見える極小の流下物を捕食しているのですが、ときにはあえてトリッキーな動きを与えたりして、ドリフトに工夫をしないとうまく釣れないのです。結局はマッチング・ザ・ハッチというよりは、スレた魚との駆け引き的な釣りになり、使うフライの平均サイズは#26以下まで落とさなければなりません。これは視力が落ちて疲れやすくなった目にはけっこうな負担になります。しかし、そんな釣りも嫌いではないので、思わずどっぷりと浸かってしまいました。

 そんなわけで、久々の快釣(?)を満喫することができました。やはりC&R区間というのは大したものです。

 今年は季節の進行が遅れ気味なので、今月一杯くらいは日中の釣りを楽しめるのではないでしょうか。週に一度くらい適当に雨が降って、平水位が保たれていれば、たいへん安定した釣果がのぞめると思います。

 私も5月中にあと2回くらいは、神流川C&R区間でゆっくりしたいと考えています。

■近 況
 今月後半から始まる本格的ロードに向けて、フライの大量生産に勤しんでおります。行く先々で出会うはずのハッチを想像して、それぞれに対応するパターンを思い浮かべてみるのですが……、膨らんでくるイメージは無限大で、どのあたりで妥協すればいいのか迷っています。どこまで突きつめればいいのやら……

 
ヤマメ002
 
■神流川のヤマメ
 色合いが秋田の地ヤマメ風なのは、植生に由来する水質がかの地と似ているからなのだろうか。年越しの成魚放流と思われる個体



■山吹の頃

 夕陽が山吹を照らす時間帯、流れにはライズリングが絶え間なく広がる。自分の記憶では、上野村の山吹は連休後だったような気がするが、この写真は4月27日に撮ったもの。温暖化で咲く時期が早まったのか、それとも自分の記憶違いなのか……





【佐藤成史著書】
「ライズフィッシング・アンド・フライズ」
              (地球丸刊)

「瀬戸際の渓魚たち」
「The Flies part1渓流のフライパターン」
「The Flies part2水生昆虫とフライパターン」
「The Flies part3
  CDCパターンとイメージングパターン」
「ロッキーの川、そして鱒たち」
「ニンフフィッシング タクティクス」
           (以上つり人社刊)

「フライフィッシング」
「徹底フライフィッシング」
「渓魚つりしかの川」
           (以上立風書房刊)
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