佐藤成史連載[毎月1回月初更新]
佐藤成史連載徒然草
佐藤成史(さとう せいじ)
【プロフィール】
 1957年、群馬県前橋市生まれ。北里大学水産学部水産増殖学科卒業。日本全国はもちろん、アメリカをはじめとする世界各国を釣り歩く。
 マッチング・ザ・ハッチの釣りだけではなく、総合的なマッチング・ザ・X(詳細は著書「ライズフィッシング・アンド・フライズ(地球丸刊)」を御覧下さい。)の理論で釣りを展開。フライフィッシングをさらに奥深い世界から捉えた眼力、分析力は他の追随を許さない。
 著書多数。テレビ・ビデオの企画、出演などで活躍中。


■FF徒然草 第24

☆ヤリタナゴ救出作戦    ……細流の中の小宇宙

*憧れの魚

 今回もフライフィッシングとは直接関係のないお話ですが、生物同士の絶妙な関係を考えるうえでとても分かりやすく、興味深いテーマです。生物は孤独では生きられないこと、意外なところにある接点、環境を保全することの重要性などについて、身近なところに生き残っていた小さな魚が語りかけてくれました。

 少年時代、関東平野の片隅で過ごした僕の遊び場は、利根川周辺の水路や池沼、そして水田地帯にある大小のため池でした。

 そこは当然ながら温水性コイ科魚類のオンパレード。コイ、フナ、ウグイ、オイカワ、モツゴ、カマツカ、ニゴイ、タモロコ等々、“雑魚(ザコ)”扱いされていた魚の領域でした。もちろんメダカやドジョウ、ヨシノボリ、ナマズ、ウナギなど、田圃風景と重なる魚たちもたくさん棲んでいました。

 ところがタナゴの類だけは、近くの遊び場で姿を見ることがありませんでした。

 小さな体に美しい婚姻色を纏い、貝に卵を産み付ける不思議な魚……興味津々ではあったものの、生まれ育った家の近所で見かける機会はなく、いつしか憧れの魚になっていました。

 小学校の高学年になって、県内の南方面へ行けば見られることを聞きつけ、10kmも離れた土地まで自転車で出かけては探し歩いたものです。

 その甲斐あって、どうにかタナゴの姿を見られたのですが、種類まで同定することはできませんでした。今になって思うと、それは外来種のタイリクバラタナゴだったような気がします。在来種に関しては、当時から幻だったのかもしれませんね。

 そして時は流れ、21世紀を迎えた現在、タナゴは本当に幻の魚になってしまいました。県内でもその棲息地は数えるほどしか残っていないのです。

*生物のつながり

 タナゴは、卵を産み付ける二枚貝がいなければ増えることができません。

 すなわち、タナゴたちが再生産するためには、貝が棲める環境が整っていることが前提条件になるわけです。

 貝は底生生物ですから、環境や水質の変化の影響を非常に強く受けます。貝の成長には、生育するために適当な川床の状態が保たれている以前に、幼生が一時的に寄生する他の魚類や、幼貝が成長するために適当なプランクトンが必要です。

 このように、タナゴの健全な生息環境には、様々な役割を持ったたくさんの生物たちが直接的、間接的に関係し合いながら、絶妙なバランスを保った状態の生態系が必要なのです。

 そして、そんな環境が奇跡的に残されているところが、数年前に見つかりました。棲息が確認されたのはヤリタナゴという種類です。以前は最も広い分布域を持っていたタナゴの仲間なのですが、群馬県のレッドデータブックでは、淡水魚の絶滅危惧T類に指定されています。

 そこは住宅地と田園地帯が隣接するほんのささやかな水空間でした。その近所にたまたま私の古い友人が住んでいて、その友人からの情報が棲息確認のきっかけになったそうです。様々な偶然が重なって残されてきた素堀りの用水路と、田園地帯にどこからともなく湧き出る水が、ヤリタナゴの棲息水域として限界ぎりぎりの環境を保っていたのです。

 以降、様々な人たちの努力で、ヤリタナゴは市の天然記念物に指定されました。ヤリタナゴだけでなく、托卵対象になるマツカサガイ、そしてマツカサガイの幼生が取りつくホトケドジョウもセットで指定されました。もちろん現在では、これらの生物を採捕することは禁止されています。そして地域の人たちが参加した保全対策が施されています。

 しかしながら、まだまだ改善すべき点はいくつかあって、その問題点をひとつひとつクリアしていかなければなりません。

*救出作戦

 例えばこの季節、生息場所の用水を掃除するため、棲息地の一部が断水状態になることがあります。

 水たまりに残された魚や、下流部の三面護岸の水路に落ちてしまった魚は、放っておけば死んでしまいます。それを避けるため、安定した水位を保っている区間にタナゴを移動させる必要が生じてきます。そもそもこの棲息地の場合、産卵場と成長場所が上下流逆の位置にあるため、それが個体数の安定や増加の妨げになってきました。この問題を解決するためには、とりあえず人為的に下流部に落ちた稚魚を上流部に移動するという手助けがどうしても必要になってしまうのです。

 今回は、その移動作業のお手伝いに行ってきました。作業の実施主体は「ヤリタナゴ調査会」「ヤリタナゴを守る会」「やりたなごの会」といった地域で活動する皆さんの集まりです。

 救助したヤリタナゴの数は約400尾。昨年より若干下回ったものの、十分な個体数が救助できました。とはいっても、タナゴは寿命が短い魚なので、現在の個体数レベルが来年以降の生息量に直結するとは限りません。

 また、素掘りの用水路は放っておくと土砂に埋もれてしまうので、周辺の農家の人たちが定期的に行なう泥上げ(底さらい)がないと、水路として活用できなくなってしまいます。ヤリタナゴが天然記念物になったからといって、これを遠慮したりすると、農業のためにも、生物のためにも良くないのです。従来どおりのメンテナンスをやってもらうことで棲息状況が改善され、そこに棲む生物に影響していたのです。このような無意識の関与も、結果的に棲息条件のひとつになっていたのですね。

 こうした人間との関わりも含めて、自然界の仕組みというのは本当に絶妙なバランスの中に組み込まれているのだと思い知らされました。

 渓流部おいても、生物同士の関係は似たようなものです。

 渓魚たちがいて、その主食たる水生昆虫が棲む……水生昆虫は川床の藻類を食べ、藻類は水中の栄養分や日光によって繁茂する。渓そのものが森の一部であり、そこには果てしない生命環が存在する……。そんな小宇宙の中に、実は人間も組み込まれているわけです。

 我々釣り人はとりあえず渓魚たちに感謝しつつ、そのフィールドたる渓や森に展開する営みに対して、さらなる深い意識を持ち続けていきたいものです。

■近 況
 今年も残り少なくなりました。1年を振り返って、どうのこうの反省したらきりがないので、来年はどこへ釣りに行こうかと思いを馳せるばかりです。
 来年はイワナの本を出そうと思っていて、現在はその企画構成にかかりきり。写真中心の内容にしたいので、先月から過去の写真整理に追われています。その作業のせいで、眼精疲労がピーク。フライなど巻ける状態ではありません。


 

佐藤成史連載徒然草

■ヤリタナゴ
 春の産卵期になれば鮮やかな婚姻色が出て、とてもきれいに変身を遂げます。しかし今の時期はあまり特徴のない地味な感じの魚体です。
  [PHOTO BY SEIJI SATO]

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■マツカサガイとマシジミ
 上のふたつは純淡水域に生息するマシジミ。マシジミだけでも珍しいのに、下の楕円形の貝がマツカサガイです。この貝が生き残ってくれなければ、ヤリタナゴたちの未来もありません。
[PHOTO BY SEIJI SATO]

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■救助活動
 信じられないほど細い流れに、ヤリタナゴは棲んでいます。ここに水がなくなっても、気付く人はいないかもしれない。それほどに小さな流れです。
[PHOTO BY SEIJI SATO]

【佐藤成史著書】
「ライズフィッシング・アンド・フライズ」
              (地球丸刊)

「瀬戸際の渓魚たち」
「The Flies part1渓流のフライパターン」
「The Flies part2水生昆虫とフライパターン」
「The Flies part3
   CDCパターンとイメージングパターン」
「ロッキーの川、そして鱒たち」
「ニンフフィッシング タクティクス」
           (以上つり人社刊)

「フライフィッシング」
「徹底フライフィッシング」
「渓魚つりしかの川」
           (以上立風書房刊)
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